2026-03

いつから、この日は、これほどの苦痛になったのだろう。ああ、あの頃からか。わかっていても、思い出したくなかった。

昔はあんなに楽しかったのに、嬉しかったのに。どうしてこうなってしまった、いや、こんなもにしてしまったのだろう。そう、私の責。

祝われることが皆無というわけじゃない。それは、とても幸せなことのはず。だけれど、それを上回る痛みがある。申し訳ない。

こういう日には、ありがたいことに言葉をいただけることがある。それに対して私が言葉を返せる状態であるかは無関係に。だから、やはり伏せておくべきだったのかもしれない。

今、私の気分は最悪に近い。だから、見ることさえできてないものがある、なにか返せてなかったらすまない。でも、そのうちにそれを見て私が喜びを噛み締めることができるときがくる、そう信じたい。そのためにも生き延びねばならない。祝ってもらえるのに、それを直視できなくて、こんな心持ちで本当に申し訳ない。でも、ありがとう

私の場合、この日はなんてことない日になっている。正月の際のようなイベントに逃げれるわけではないということ。だから、独り、自省の機会になる。調子の良いときならまだいい。だが、不調の時でもそれは否応なしに来る。

自分がまた1年を浪費したのを痛感する。といっても、それは日々の積み重ね、過ぎゆく今の繰り返しにすぎない。つまり、今動かないからそうなるわけだ。痛い。生まれてから経った時間の内で、満足に動けないでいる割合が大きくなっていく。今日も、きっと明日も。どこまで続くのか。

どうして生きているの、それも、のうのうと生かされているの。こんなにもの間。いつまでこれを続けるの。いつまでこれは続くの。死ぬのと満足に動けるの、どちらが先なのだろう。この1年も私は何もできなかった。動けない、というのが正しいのか?動かないのではなく?私は怠惰なのか、そうでないならばどうすればいいのだ。つかれた。苦しい。悔しい。申し訳ない。泣いてもどうにもならない。だが何度も涙を枯らす。泣き虫は昔からなおらない。

何もできなかった、というのは正しくない、か。私になりにその時その時にもがいてはいたか。実りはしていないが。

無理を言って、収入もないのに実家を出て一人暮らしを始めた。それで何か変われるかと期待したが、そこまでのものではなかったようだ。だが、今も含め壊れることはあるものの、一人暮らし自体はなんとか維持されている。行動量は実家にいるときよりは増えたはず。悪いことじゃない、と思いたい。

これまで全くうまくいっていなかったデイケアに通えた期間が少しはあった。もう無に帰した、と言いたくなるけど、そんなことはないはずだ。再開のハードルは下がっているはず。

そして、今、生きている。死にたいと思いながら、自分に殺されそうになりながら。苦しいのに、つらいのに、それでもしがみついている。

それらでは私は納得いかないのだろう。つらいね、よくがんばったね、と自分に声をかけてあげたい、たぶんそうするべきなんだろう。けれど、私はどこかで私を責め続ける。

私は期待しすぎだ。こいつに、こんな出来損ないに、望みを懸けるのをもうやめたらいいのに。私は頑固すぎる。まあ、そこが命綱のような気がしなくもないが。その期待をやめたとき、できなくなったとき、私の息が続いているかが怪しい気もするが。

ああ、苦しい。苦しくてごめんなさい。

ごめんなさい。本当にごめんなさい。わからない、もはや誰に何を謝りたいのかもわからない。罪の感情だけで宛もなくこの言葉を吐く。重ねるほどに軽々しくなっていくそれ。余計なものだろう。謝ることでさらに罪を重ねている。でも、吐いてしまいたいという衝動、エゴ。ごめんなさい。

生まれた、出逢えた喜びを噛み締めたかった。そうしたかったし、そうするべき。なのに、この日は今、苦い、どころじゃないな、もうなんだかよくわからない酷い味しかしない。ものを受容する私の頭が狂っている。ごめんなさい。

理屈で抗おうとするが、理屈じゃないところで、自分を殺したい。ドアノブとケーブルを睨む。首に手をかける。この数日で何度目だ。

病気のせいだ。そう言い聞かせる。そのたびに、それにしても、私はだめだと、迷惑者だと、消えてしまえと、苦しいだろうと、つらいだろうと、消えたほうが楽だと、私が叫ぶ。

落ち着け。たのむから落ち着いてくれ。


ありがとう、ごめんなさい

-----本記事は以上です-----

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