ブログの再考

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ブログの再考の契機

今の自分のブログに不満がある。が、何が不満なのかイマイチわからない。

ということで、自分がブログに対して何を求めているのか、つまりは、私は何のためにブログをしているのかを考え直すことにした。

ちなみに、関連事象として、私のAIの利用が積極化したこと、また、それに伴いブログの技術的側面をひっくり返そうとしたこと(WordPressからHeadless CMSに移そうと試みたこと)なども今回の記事を生じさせる原因ではあったと思う。

何のためのブログか?

ごちゃごちゃと考えたことを概ね4つに分けて考えてみることにした。

今の自分のため、未来の自分のため、知る他者に向けて、知らない他者のため、の4つ。

まあ、この4つ、それぞれを更に遡れば、自分のための一言で終わるのだが、まあそれは一旦置いておくことにしたい。

今の自分のため

今まさに私がしていること、記事の執筆。

これは今の自分にとって大切なことだ。自分の考えを自分の言葉でまとめる。それも、他の人が読んである程度理解できる形で。これは他の人のためという意味ではない。そこまではっきりとしたまとめかたをするということに意味がある。

ただ、最近は「自分の言葉でまとめる」というものの定義が怪しくなってきてはいるかもしれない。そう、AIによって。ただ、ここだけは譲りたくないところとして、たとえAIに生成してもらったものを使うことになったとしても、自分が噛み砕いて、その時の、自分の考えだと、その時の自分の想いだと言えるものを出すようにはしたい。

未来の自分のため

過去に自分の書いた記事は今の私の支えになっている。つまりは今書いているのは、未来の自分のためである、と言える。

単純に、あの時やってたあの設定なんだったっけ?といった、実用的側面、単なる情報としての側面もある。

だが、それ以上に、なによりも、自分がこれまでやってきたことが見返せるというのは、精神的に嬉しく、自分にとって支えになるものだ。

2022年9月に最初の記事を上げて、そこから3年。半分くらいは週報なのかもしれない。他の誰かにとっては、ほとんどがガラクタなのかもしれなないなぁ、とは思う。それでも、私はその時、それを、頑張って書いていたのだろう。すべてを一時に見返すことはできないし、なんなら、もう私の目に入らない記事だってあるのかもしれない(言い過ぎか?)。でも、そのひとつひとつが積み重なって、今の合計記事数223が出来上がっているのだから、なんというか、素敵だな、とは思うのである。

そして、そういう数値だけではない。時に見返したくなるような、見返すことに意味があるような、自分の決意や転機になったときの心情を記したようなものもある。

だから、時々、自分のブログも読む側として覗いてやる機会があってもいいのかもしれないね。

知る他者に向けて

これを〜のためと書いてしまうことには抵抗があったので、「向けて」という表現に改めた。

誰が私のブログを読んでくれているのか、私は知り得ない。だけれども、閲覧数は見えている。あの人は読んでいるだろうか、あの人はさすがに読んでいないか、とたまに勘ぐってしまうことは、正直ある。

それにしても、なんにしても、私は文章を書くと長くなる。そうして長ったらしく書いた文章を相手に送りつけることが、もちろん、ないわけではない。けれど、それがあまりに押し付けがましいのではないかと思うときがある。そんな時、私はある程度一般化してしまえるのであれば、ブログに記事として出すということがあるのだ。

これは、相手が受け取るも受け取らないも自由だし、私も相手方がどうしたところでわからない。どちらかが口に出さない限りは、なにもわからない。ある意味で、気楽なメッセージの伝え方のひとつなのではないかと思っている。もちろん、受け取ってもらえていないかもしれないが、それはそれでいいのである。

知らない他者のために

私は、知らない他者に向けて記事を書くことはほぼない。ゆえに、「〜に向けて」という表現は用いなかった。だが、ブログが知らない他者のために、絶対になり得ないものではないから、わたしは「〜ために」という表現を用いた。

私の知らない誰かが、私の記事など、読むことがあるのだろうか、とは思う。

まあFF12の記事に限って言えば、たぶん私の知らない人が見てるということの方が多いんじゃないだろうか(閲覧数的に)。

そうして、自分の書いたものが誰かの役になっているかもしれないと思う時、私は、自分が書くことの意味をもう一つ見いだせる。知らない誰か、でも、きっと私と近しい、似た悩みを抱えただれかの、力に、もし、なり得るのなら、なりたい。

web logの略、blog。webが興る以前から、人類は記録を残してきた、だからweb logなのだ。log、記録、書き伝えること、それによって私達は発展してきたはずだ。私がここに記すことなど、そう大層なものではないが、これもまた人間の営みの一つではなかろうか。

自分のためだったとしても、誰かのために、なるのなら、素敵だね。

不満について

さて、ここまでで何のために書いているか、という綺麗事は並べてきた。

で、感じたが、どうやら、書いているものについて、これらが満たされていないから不満があるというわけではなさそうだ。

つまり書く以前の問題、書けていないこと、がどうも私が不満に思っているポイントらしい。

書かないことについて

記事テーマがまるっきし思い浮かばないのなら、書かなくていい。それで放置されておしまい。まあ、ダイアリーくらいは書けばいいかな。となる。

が、思い返せば私は記事テーマを作って放って置くということが最近多かった。そして、そのうちにそのテーマに対する情熱も気持ちもなくなったころに、さあどうしようかと迷った末に、下書きページを消去する。これが嫌だったのだと、今更気がついた。(こんなに長ったらしい、なんのために、とかを書いといて、本当に今更だな。)

さて、これをどのように解決しよう?

まあ、ブログ書く時間を確保しましょうね、でおしまいだね。

以前なら、執筆環境が〜とか考えるところだったのだが、最近、NotionからObsidianに乗り換えて、執筆はかなりやりやすくなり、こうして長ったらしいのを書いていたりするので、環境面の問題もないだろう。

ちゃんちゃん!

インプット

というだけでもいいのだが、自分の執筆にまつわるちょっとした引っ掛かりについてもせっかくなので記しておくことにする。

インプットが少ないと当然アウトプットすることがなくなる、普通は。ということで自分のインプットに関して見つめ直すと、本読んでない、他のブログ記事も読んでいない。

なので、最近、本を数冊買いました、RSSリーダー使うようにしました。読むように頑張ります。

あと、感想を雑に書く場所はObsidian内に作ろうかな、記事と本を区別せずに、気楽に書くところをね(今、執筆止めて作ってきました)

文章について

自分の書く文章が憧れの人のそれには遠く及ばない、という話。これは、どうしようも、どうするべきでもないと思っている。私が自分の文章を特別嫌いというわけではないのだが、あの人がかっこういいな、と思うだけ。

不満というほどでもないのだが、思っていることではあるのでここに書き置くこととした

まとめ

  • ブログ書く時間を確保しましょう
  • 本を読みましょう
  • RSSリーダ開きましょう
  • 感想を書きましょう

そして、やっぱり、ブログって素敵だね、好き。

執筆後記

この記事、最初はかなりの部分をAIに放り投げて作ろうと思った。

散発的な思いつきをAIに放り投げ、対話したりもしつつ、ある程度のところで「ここまでの内容を、自分のブログに関するブログ記事を書きたいのでそのためにまとめてくれ」といった指示を出した。そして、途中までそうやって、AIに出してもらったものを修正して記事にしようとしていた。

だが、結局気に入らなくてやめた。まあ、内容を読んで参考にするといったことはしたのだが。

何が私の気に障ったのかはあまり自分の中で明確にできていないのだが、とりあえず、そんなことがあった、というのはこうして書き留めておこうと思う。

あと、ChatGPTが出してくれた草稿と比べて、こうして出来上がった記事は、かなり別物になったなぁと感じている。

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