救われる準備はない。誰に、どうしてもらえれば、私は助かるのだろうか。見当もつかない。
私自身が元凶なのはわかっている。けれど、だからといって、助けを求めずに潰れていくのは違う、と思っていたいがだめか。
苦しい。わからない。助けて。どうすればいい?
どうして?何が悪かった?そんなことはどうでもいい。悪かった、私が全て悪かった、なにが悪いかわかりゃしないが。だから、たのむよ、これからどうすれば悪くなくなれるのだ、教えてくれ!
誰かに何かを求めるのが可笑しいのはわかっているさ。言葉など返っちゃこないし、憐れみか、呆れか、諦めか、とにかく、よいものがこれで誰かに生じやしないことなんて分かりきっていはするけど。
こうでもしないと、狂ってしまいそうで。いや、もう狂ってるか、ははは、ははははははは、おかしい、まともじゃないのにまともぶろうとしてさぁ。
皆に、本当に本当に感謝している。皆に、本当に本当に申し訳ない。ありがとうもごめんなさいも、何度言っても薄れていくだけなのが悲しい。本当にありがとう、本当にごめんなさい。
悪い人はどこにいるのだろうか。この人生で、嫌いになれる人となど出会うことはできなかった。私は私以外に醜い人を、悪い人を見たことがない。ニュースの向こう側か私の内側にしか、悪者は居ない。みんなみんなみんな、がんばっている。時には過ちを犯そうとも、懸命に懸命に生きているんだろうと感じ取れる。だが、なぜ私だけ、これほどに、ダメなのだ。本当に動けないのかこのクズ。迷惑をかけてかけてかけまくっておいて、その上で苦しいなんて、助けてくれなんて、正気か、ふざけているのか。たくさん山ほど何もかもをもらっておいて、おまえは何をした、何ができた?
せめて私は私を許さない。このツケを返し切るまで、いや返しきれることなどないから、一生だ。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、なんとか生きるのがせめての贖罪。だから、絶対に死んではいけない。どれだけ醜さを無様を晒してでも生きねばならない。楽になろうなんて許されない。
そう思うと、助けを求めるのも違うのか。独り、苦しんで苦しみ抜くのが正しい。だが、私は脆すぎる。死んでは元も子もない。苦しむために生きなければ。だが、生きるためにその苦しみが臨界を超えてはいけない。そのためにこうして吐いているというわけか。醜い。しねばいいのに。そう、苦しんで苦しんで苦しんで、そして、そうして、さいごにしねばいい。
