これを書き始めたのは2025/12頃で、各種の変更は2026/01頃だったはず。だが、最終的な加筆や公開などは2026/05と大幅にタイミングがズレている。
自分の作品に対する解説というのはちとダサい気がしなくもない。が、どうせ書いておかないと忘れてしまうからもったいなくて書きはする。なら、公開できないというほどのものではないので置いておくことに、といった感じ。
ロゴの改修のきっかけ
深いことを考えずノリと勢いで、作った記憶がある前回のロゴ。
その時と比べ、現在は生成AIがずいぶん使いやすくなった。素人でもそれなりにそういう知識を得やすくなった、というのは、以前からGoogle検索とかでもできただろうから正確ではないかもしれない。だが、アドバイスを求める相手ができたというのは間違いないだろう。とにかく、私の主観としては手を出しやすくなった気がした。ので、そうしたものの手も借りてもう少し論理的に詰めたものを、そのうちに作ってもいいかなというのは少し前から思っていた。
本当に直接的なきっかけはアクリルキーホルダーをSUZURIで注文する機会があって、そのついでに自分のロゴのものでも作ってみようかな、と思ったのが最初。そこから、今のロゴで作るの?そろそろ作り直さない?みたいなふうになっていった。ちなみにロゴを作り直した関係で”自分の作ったものでアクリルキーホルダー”というのは見送りになった。
当初は以前のロゴからモチーフなどをほぼ踏襲してデザインへの細かな調整とファイル形式の用意にとどめるつもりでいた。だが、AIにきいたりしてこちゃこちゃと考えているうちに、なにやら流れが変わり、私としては想定以上の変更をすることになった。
ロゴのモチーフについて
くまのぬいぐるみ、ヘッドフォン/イヤーマフ、というのをロゴのモチーフにしているのでそれらについて。
また、以前それらに加えてモチーフとして用いていたキャスケットについての話もここですることにする。
くまのぬいぐるみ
ロゴが生じる以前の話
これには、実際に存在するくまのぬいぐるみがベースとしてある。
「サンタさんありがとう」という絵本についていた型紙をもとにして、母が私に手作りしてくれたものがそれだ。
作ってもらったときの記憶は当時の私が幼すぎて皆無に等しい。その絵本の内容さえ思い出せないほどだ。
そして、こいつはそこまで多く遊びに使ったわけでもない。手を人としてあつかってのごっこ遊びではメンバーの中に居た気がするが、そいつを動かすことはあまりなかった覚えがある。
だが、こいつはずっと私の側にいた。歳を重ねるにつれ、こいつは飾り物にはなってはいったがしまい込むことはほとんどなく、その黒い瞳は私を捉え続けてきたと思う。まあ瞳と言っても黒いビーズみたいなやつだが。
ブログ開始に際して
こいつはかつて長い間、私にとって守り神みたいなものだった。自分ではないなにか、であった。だが、ブログをするに際して人型イラストを使うのを避けた結果、これは私そのものと重なることとなった。
深く考えず、このくまをもとにしたイラストに吹き出しをつけ、そのキャラクターの名前はかずき、としていた。
Vライバー開始に際して
IRIAMでの配信を始める際に、私は自分の人型のイラストを生み出すことになり、このくまのぬいぐるみはまた、自分ではなくなる、ということになるはずだった。
だが、結局私はそのヒトを端末として考えようという結論に至ったが。
今考えること
結局私は、このくまのぬいぐるみはありのままの私自身を表す、と決めつけることにした。
ゆえに、私はこのkazuki.pageという仮面を被っている時はその仮面はなるだけ透けたものにしておきたいとおもう。仮面の下を隠すつもりはない。まあもちろんネット上のことゆえ言えぬこと出せぬ情報はあるだろう。仮面じゃないわけでもないから、歪んで見えることもあるだろう。けども、なるべく、私が私自身でいる媒体としてkazuki.pageという人格を扱っていきたい。
ちなみに、自分と重ねた割には、今実際の品としてするくまは「くまさん」と呼び続けている。馴染んだその呼び名と分かれるつもりも別にない。
だから、ロゴの「くまさん」はもはやぬいぐるみの「くまさん」ではなく、私と重なった別の何かになってしまっているのだろうなぁと思う。
ヘッドフォン/イヤーマフ
導入の経緯
もともとは本当に単なるヘッドフォンだった。
最初、ヘッドフォンのモチーフは元来あまり必要無かった。ゲーム実況するから付けとくか、くらいの感覚だった記憶。まあ、リアルの私は一応実普段からヘッドフォンは使ってきたが。
ただ、自分のヘッドフォンのルーツを探ると、祖父のお古のヘッドフォンとなり、そのブランドと系統(オーディオテクニカのモニターATH-M~)を気に入って、ほぼ同じ系統を使い続けていたりする。
そして、さすがにロゴではそこまでの意匠をこらさなかったものの、それらのヘッドフォンのデザインはVライバー活動用の立ち絵イラストのおおよそのベースになっている。1回は自分の持っているグレードのもの、2回目は描くだけなら、ということでお高いモデルのデザインを参考にさせてもらった。
そういったことから、今や愛着面もそこそこにあると言っていいだろう。
関わりの象徴として
このロゴを作成するまではこれはヘッドフォンだったが、このロゴを作成するにあたって、左右の色を変えて片方にイヤーマフの意味合いを持たせることになった。
片方は外の音を聴くためのもの、もう片一方は外のノイズを防ぐもの。自分が聴きたいもの、聴くべきものは聴く。一方で、自分のために、自分を守るために、閉じこもる時があってもいい。という趣旨。
片方はキャスケットでも用いていた紺色、もう片方は今まで使ってこなかった色だが水色を用いた。水色については紺色の対照の色としての意味合いの他、以前にはクマの黄色の対照の色としてもう一匹のクマの色に用いたこともあった。その時にも多少考慮に入れていたが、私にとって大切な存在になった人の色でもある。それを拡大解釈して、自分にとって大切な人たちも私に色を付けていくという意味合いも込められたらと想う。
削除されたモチーフ、キャスケット(帽子)
前回使っていたロゴにはくまのぬいぐるみの頭の下にキャスケットが存在していた。だが、今回のロゴを作るに当たって、その要素を消した。
理由を含む経緯は続く通り。
手書きサインとの不整合
はじめは、普通に以前のロゴを踏襲してキャスケットをくまのぬいぐるみの頭の下に配置するつもりでいた。だが、AIにはすこしモチーフが多いのでは的なことを言われてしまう。その時点では、そうかもしれないと思いつつもまだキャスケットを排除する気はなかった。
キャスケットを消すことを考える一番のターニングポイントは自分の手書きサインをこのロゴ改修に関わるものとして作業の台にのせた時。
このサインというのは私が自分のイラストの端のほうにちょこんといれたりしているものだ。
サインはロゴなどと同様に私の象徴的なものとして作用する。なのでロゴを考え直すときにそれとの整合性をもっておいたほうがいい。で、自分のサインを思い出してみた。すると、そこにキャスケットは入っていないのだ。
が、このサインはモチーフの入れ方的にも結構気に入っているし、他に適当なデザインも思い浮かばない。
キャスケットを含めたサインデザインが思い浮かばないのはある意味、AIが言っていたモチーフの多さということもできるかもしれない。
キャスケットと私の関係の浅さ
そしてキャスケット削除の検討が本格的に始まった、といってもわりとあっさり削除が決まったのだが。
キャスケットが私の旧ロゴのモチーフになっているのは、現実の私が普段から用いているからだ。使っている理由はそれが好きだから、なんてものではない。それ以外の帽子が自分に似合わないように感じたから、という消極的な選び方である。この種類の帽子を5年以上くらいは使い続けているが、ファッションにわりと無頓着ということもありたったの2個しか持っていない。なので「ちょっと変わっているから」という理由でロゴに抜擢されたに過ぎないのだ。
でもって、これがロゴのアイコンに使い始めたのはわたしがロゴ(らしきもの)を使い始めてから随分経ってからのこと。きっかけは明確、Vライバーとして自分の立ち絵を真剣に考えたことだ。自分のキャラの特徴が不足していたので普段から使っているキャスケットを被せた。それだけといえばそれだけ。ちなみに最初期の立ち絵にはキャスケットはおろか、帽子も存在していなかった。
象徴として機能しないキャスケット
といえど、この私がVライバーとしての活動を開始して、つまりキャスケットを自分の象徴として紐づけてから1.5年ほどは経っている。単なる愛着、というものががないわけでもない。
が、このキャスケットは私の何を表しているだろう、と思った時、特になにもない気がしたし、キャスケットによって何を表したいわけでもない、ということを悟ってしまった。
そして、ChatGPTにロゴのなんたるかについてご教授いただいていたので、削れるものは削ったほうがいいもの、納得できるものになるかと思い、削ることにした。
ただし、その時点ではそうであったのだが、私がライバーなどで人型を取った時に被っているということには変わりがない。これから、そういう「意味」について考えていく、意識していくのがいいかもしれない。
キャスケットはヒト側のもの
アイコンからキャスケットを排除した他の理由として、キャスケットがくまのぬいぐるみ側のものではなく、その下にいるヒトを想定させるのものであったというのもある。
私の核をくまのぬいぐるみとして、外部との関わりをヘッドフォンで表す。そうしたとき、下のキャスケットやヒトは核から分割された自分というものになる。
Vライバーとして活動する際にその”kazuki.page”という人格が本来の私は自分から遠い離れたものでいようとは思わない。だが、本音を言っていけないことは少なからずあるだろうし、それは知らず知らずのうちに本来の私から浮いていくのが自然だ。そう、そのヒトが表すのはコミュニケーションのツールであり演者であるのだ。
そうしたものを自分のロゴに含めるべきかと考えた時、私は否とした。これを良しとすることで成立する哲学もありだと思うが、私はこちらを選んだ。
まあ、こうしてしまうと、もし動画でくまのぬいぐるみをキャラとしての登場させる場合にその取扱いが難しくなってはしまうのだが…。まあ、後の自分に考えてもらうことにする。ふぁいと。
Memo
真面目に書くほどの内容が確保できなかったがメモしておきたいこと。
ロゴの図形的な話
円と六角形の組み合わせで作った。図形のサイズ比率はわりとてきとうだった気がする。
テキストロゴについて
本当は色々考えていたことがあったはずなのだが、時間が経ってあるていどは忘れてしまっている
記憶が正しければ「Monaspace」のどれかの「kazuki.page」を多少加工したもの。加工はkazuki.の範囲が主だったはず。
Monaspaceの選択理由はプログラミング用フォントにしたかったから。
