打たないで、と言えたものかどうか怪しい。
2026/05/28〜5/29
休みの顛末
崩れている。それが続き、また壊れきってしまう前に書き出してなんとかしようと試みて書き出しているのが今、これ。
体調は悪かった。喉は痛かったし高熱は出たし咳は止まらなかった。だから動けなかった。それは仕方ない。
ちなみに、そこまで、体調を崩すまでの運びは悪くなかったように感じた。今回のリスタートは外出や趣味ではなく、勉強から入った。明確に進捗はあったと言える。そして、外に出ることもないわけではなかった。一番行かなきゃいけないデイケアには行けずじまいだったが。
そこから体を壊した後、今はほぼほぼ体の不調は解消されたのに軌道に全く戻せていない。
一因としてゲームがあるだろう。友達と遊ぶためにある程度習熟しなければいけないという免罪符で始め、体調が悪くても刺激が強すぎるゆえに楽しめてしまい、依存的な傾向が生じている。
そして、食事も睡眠も風呂も無茶苦茶だ。欲しくなったら取るけど、欲しくなるまでは取らない。食事は1回の量が異様に多い一方でまともに摂る回数は激減した。
そうしたことで体調は風邪症状等こそおさまったものの、健康状態としては怪しい低飛行のままになった。そして、その事実、状態により自己肯定感が低下、メンタル状態も惨憺たる有様になった。
Xにおいてつぶやくことが習慣化されたままネガティブに落ちたので、暗いことを吐いてしまった。Xはこういったブログとは異なり、流れてくるものが選択しなくても目に入ってしまう。なので、幾人かには見たくもないものを見せてしまっただろう。まぁ、そんなことを言っていたら何も発信できないし、見たくないやつは見るなというのが元来の私の指針。だが今の私自身がそれをひどく気に病んでしまうようなテンションなので誰かのためではなく自分のために距離を置くべきだと思った。そして、先程、少なくとも一週間を休むことを宣言して、ログアウトした。
伴う形で配信視聴も一旦止めることにする。Xに居ずに配信に行くようでは、ただでさえたまに感じる疎外感に拍車をかけかねない。(まあそもそも輪の内側に居たいという幻想を捨てるべきなのだが、それは一朝一夕でできることではないので置いておく。)また、場合によってはメンタルへの悪影響がそれなりにあるというのもある。良くなることもそれなりにあるはずだが、今はプラスが欲しいのではなくマイナスを減らしたい。それに、自己肯定感が低下している現在、しっかりと動いてらっしゃる皆を眼に捉えることは、さらなる自己嫌悪、自己否定になりかねない。もうこう書いている時点でかなり滅入っているが。
今ここで書き出して、立ち止まろうとしている。それ自体には私自身として一定評価したいが、ここからが見えない。
行かないと
離れてすぐに思った。あまりにも私は依存していたと。それがない、もう当面ないとわかりきった1日のなんと荒涼たることか。
だから、怖い。戻れば、私はこのまま、のうのうと生き、やがてはそのままくたばってしまいそうで。
だから、いつか心からのただいまを言えるようになるための、旅にでなきゃ、いけないんじゃないかなと思った。行ってきます、を言わなきゃいけないんじゃないかなと。私は私と闘ってこなきゃいけない。
誓いは願いは想いは今もまだ生きている。だからこそ、自分勝手でも、私は私を、私の人生をなんとかして立て直さなきゃいけないんじゃないか。
実に楽しかった。たくさんのものをもらってきた。恩を仇で返すことになるのだろうか。いや、恩を恩で返すために今は仇となっても、行かねば。
嗚呼。どうか、私よ、成し遂げてくれ。
わかりきったこと
こんなこと言ってるけれど、私は私に克てるかなんてわからない、というか負けるだろう。何度となく繰り返したように、また敗走する。それもこれまで同様、一度や二度じゃないかもしれない。
でも、その都度、何度でも何度でも、私は旅にでなきゃ、闘いに赴かなきゃ。負け戦をこれまで繰り返してきた。だから、今度もきっとまた負ける。けど、負けて終わりの戦じゃない。苦しみと痛みの他にも、何かを少しでも得て、帰ってきたらいい。これまでもそうだったように、単なる繰り返しではなくて、変わることも、積重なるものもあるはず。
そうでも思ってでもないと、辛い、から、なんとか奮い立たせてるというのもあるけど、一面の真理ではある、はず。
ざれごと
推し、なんて言葉、私もわかりたかった。推してます、なんて、私も言いたかった。どうしても贈れないギフトがいくつもあるのが、苦しかった。だから、わからないのにわかった気になって、道具だけ振り回した。でもやっぱり、わからなくなった。きっと傷つけて、少なくとも私は傷ついた。それでも尚、声を聴いていたいと想い続けて、今までがあって、今がある。
大丈夫。わかってる。私にとってのこのただひとつは、相手からしてみれば幾らかのうちのひとつ。もちろん、替えがあるわけでもないが。大丈夫。私はいなくてもいい。なにせ私はもとからそういう動きをしているはずだ。そう在るべきと肝に命じてきたはずだ。そうしか在れなかった、というのを、なんとかして立てたいだけのような、気もして、虚しいが。
もう、諦めきったつもりだったのに、こんなときに蘇ってくる、こういうのが、未練が。情けないね、
こんなこと、書いてごめんなさい。伝えたい、というのは違う。嘆きたい、でもないか、わかってほしい、というのも違う。とにかく吐き出してしまいたい。そういうもののカケラ。置いてしまった。ごめんなさい。
2026/06/02
行ったところで。なんになるというのか。
行ってきます、ってことにしようかと思っていたが、無駄になるだろうからやめておくことにした。そうしようとしたこと自体は、上にあるとおり記録として置いておくことにするが。
結局、どうやったって、何らかの手段で逃げはするのだ。それは生きるために必要な行為だ。言い方を変えれば、それは楽しみなのだから。
何かから離れたところで、別の手段に変わるだけだろう。だから、上手く付き合える逃避方法と、それとの付き合い方を考える必要はあっても、消し去る必要はない。
2026/06/05
くるしい
何度も、消えたくなった、消したくなった
が耐えている
もてばいいが
2026/06/06
1週間になる。良くはならず、むしろ悪化しているように感じる。
どうすればいいかわからない。戻るのが1番自然だとは思う。が、前の意図から行くのであれば、この状態の私がなにかを呟くのはよくなかろう。
そういう意味では、もう少し沈んでいた方がいいのか。
私はどうしたいんだろう。
自分がいなくていいことは示されている。こんなことしなくてもとうに分かっている。
まあ、大概、誰しもにとって誰しもが、そんなもんなんだけどね。改めて顕になると少し安堵するような、けれどやはりどこか痛むような。
もういいか、と、くやしいとか、すまないとか、いろいろがせめぎ合ってる。
わからない。
気の向くまま、ゆけばよいか。
…
ここで一旦、ブログに上げておく。
