この、YouTubeに投稿した動画に関しての話。
「Alice」 について
これを、公開するものにすることには、迷いがあった。以前、あいつに贈った曲だったから。だけど、考え直し、だからこそ、歌うのだ、と決めて、今回動画を制作した。
初音ミクwikiを見るに、本来の解釈は恋のあとの愛の曲なのだろう。が、私にとってはそうではなかった。単に親しい者への別れの曲と認識していた。(ちなみに私は、鏡の国のアリスを読んだことがなく、内容を知らない。)
「遠い遠い」というのは苦し紛れの婉曲表現で。
「繋いだ手」なんて、事実はなかったかもしれないけれど、私にとっては拠り所で。
「高い高い崖」は、あいつにとっては多分、そこまでのものではなく”普通の坂道”だったのかもしれない。ただ、私には到底届かない”普通”であった。
同じように、「深い森に落ちた」というのは、私の目で見たもので、あいつがどうだったかはわからない。
「ぼくが、いなくなったなら」。そう。私はこの曲を贈った後に、本当にこの世からいなくなるつもりでいた。幸い、失敗して、今もこうして生きてるけどね。
「嘘つく」というのは、あいつに嘘をついてたつもりはなかったが、思い返せば、私は私に嘘をついていたであろうな。
歌詞のどこもかしこもに、私の想いと交わるところがあった。だから私はあいつにこの曲を贈った。
そして、時は流れた。
あいつは、連絡がつかないわけではないが、どうしているのか、いまいちわからん。もしやどこか「深い森」に落ちていやしないか、と少し気に病んでいる。
一方、私は、あのとき歩みを止めた「深い森」から、出ようと幾年ももがき、ようやく、出口かもしれないところが見えてきた。あの頃に望んだ「花」には結局、手がとどかなくとも、ようやく、強がりでなく、真に「ぼくも」「行く」と、言えそうだ。もちろん、ここから、また転ぶやもしれんけどね。
そういうことで、今回、私が歌うのは別れの詩ではない。もう別れは終わってしまっているのだから。
かといってどう言えばいいのかもよくわからん。懐古?決意?、あと、あいつに、大丈夫か、と、「行け」よ、と声をかけたいのもある。
まあ、何にせよ、想うところはいろいろあるのであった。ということを、記しておきたかった。
“私が”創る意味
言い訳がしたい。
私は、自分の歌が上手いとは思わない。ミックスも、イラストも、動画制作も、上手くはない。あんまりこういう言い方はしたくないが、世にあふれるコンテンツの中では、むしろ、下手、だろう。
だから、誰かにとってはこんなものは価値がないだろう。
でも、誰かにとって、今回で言うなれば、あいつ、に関しては、”私が”歌う意味が、皆無ではない、と思う。思いたい。
そうした一縷の望みが、私が創る理由。
それは、いつくかのFAについても言えるかもしれない。
これは、コミュニケーションを取ろうとしている、と言えるかもしれない。もちろん、自己満足、ではあるのだが。
もしくは、記念碑、か。
…。
ただ、自分の立ち絵と、ゲーム実況に関しては、そうではないかもしれない。なかなか、言語化というのは難しい。