序
2025年2月中頃からの落ち込みにおいて、思っていること。
週報に併せてもよかったが、もっとつらつらと書き出したかったので通常記事扱いにして書いておく。たまに出してた独り言に近いものがあるかと思う。
あと、私の生物的な生存報告という意味もある。なお、諸々の活動についてはなんとも言えない。
勢いで書いて、勢いで公開に持っていったため、公開後にいくらか書き足す可能性がある。
2025/03/01
きっかけについて
懐かしいゲームに久しぶりに触れて、それにはまって全部投げ出した。
私としては以前にもあったパターン。辛くなってきたタイミングに没頭できる現実逃避を与えると、そちらに一気に流れて、その他をすべて辞めてしまう。
情けないが、それ以上の事ではない。
現状について
今回の落ち込みは、なんというか、懐かしい気がした。何もなくて、平穏。時折、自己否定に浸るときもあるが、寝るなりすれば消せる。
配信を始めたりする前に戻った気になる。
SNSなどから離れたいと思うでも、触りたいと思うでもなく、ただ、べつに触る気にならないから触らないという状況に自分を持っていけたのは久しぶりのような気がする。
何もかもが、どうでもいいものになってしまった。
自分が思う「まともに生きる」という方向に行くことを諦めてしまった感じである。
諦めたくて諦める、無理に諦めるというのでもなく、これまでの経験から、自然とそういうところに一旦落ち着いた。
この落ち着きを維持するべきなのかどうかはわからないが、どうせ、続きはしないのだろう。この文章を書いている事自体が、ひとつの兆しでもあるだろうから。
というか、そもそもの話、「夢から覚めようか」とか言ってたはずなのに、また堂々巡りをしているのがなんとも馬鹿らしい。が、そういうものなのだろう、ヒトは、いや、とりあえず、私というのは。
今後について
これを維持しようとも思わないが、抜け出そうとも思わない。
なにも考える気にならないうちは考えなくていいや、と思っている。
幸い、生活に困ることはなさそうだ。そうして甘やかされているのが、私が動けない原因のような気もする。が、まあ、わたしにコントロールできることではない。厳密にはコントロールしようとすることはできるが、その賭けは危うさも多分に含むのであまりやりたくない。多分、あちらもそう思っているのだろう。
あと、こんなことをやらかす私に約束など、できやしないのだろう。という思い込みがさらに固くなったのは残念だ。
2025/03/02
マグカップや缶バッジを見て、目を逸らしたり、歌ってみたをきいていられなくなったり、やっぱりひっかかりは明らかにあるようである。
諦めたのではなく、逃げているだけ。情けない。まあ、わかってはいるが。