※AIと壁打ちした結果も多分に含まれる
まえおき
先週末頃は少し元気がもどったようだったが、どうやらまだ沈みゆくようだ。
2026/02/10から2/11の夜中、没頭できるようなゲームを引きずり出してきた。
だが、なんとか触り始めるには至らなかった。
2026/02/11、
8時から9時までの間は、前日に縛りを設けていたため、家事および机に向かう作業、たしかブログ記事の執筆およびその準備だったか、をなんとかやっていた。だが、「1時間は動く」というリミットを設けていたが故、それが切れたら眠ってしまった。
途中、ねぼけたままの水分補給とトイレを除けば18時ごろまでずっと眠っていた。ついに昼食さえ取らなくなってしまった。
「全部投げ出したい」が蠢いている。
「また破綻か、早いな」と諦め半分に自分を見つめている。一方でその目があるのであればまだなんなりやりようがあるかもしれない。そう思い、これを書き始めた。
全部投げ出したい、とは
「全部投げ出したい」というのはあくまで表現にすぎず、本当に全部を投げ出したいというわけではないようであるというのは、経験からわかっている。ということで、それを書いてみる。
投げ出したいもの、「すべて」とは
- 予定された活動
- 配信視聴
- 医療機関の受診
- その他予定していたイベント類
- 進めるべき学習
- 描く予定のイラスト
- 生活習慣
- 睡眠リズムを正しくしようとする
- 運動しようとする
- ひどく没頭するようなゲームのやりかたをしないでいる
つまり、自分を前に進めようとするもの、向上を伴うようなものを投げ出そうとしている。
投げ出す範囲外にありそうなもの
いずれも、望ましいタイミングにはできないが、全くできない状態になるわけではないことが多い。
- 生存に関わる活動
- 気が向いたときに、食事をとる
- 気が向いたときに、風呂に入る
- 気が向いたときに、睡眠をとる
- 気が向いたときに、買い出しに出る
つまり、生きることを投げ出したいわけではないようである。
投げ出したらすること
- 没頭できるようなゲーム
- 没頭できるようなゲーム、から派生するゲーム実況活動
没頭できるゲームの典型例は4世代のポケットモンスター、FF12、新鬼武者、ドラゴンクエスト8、など。慣れ親しんだ安心できるゲームをなぞる、といっても少し工夫を持たせるために縛りプレイ気味のことが多い。
それらが含むもの
- 眼の前の明確な目標
- 小さな達成
- 失敗が軽い
- 世界への没入
なお、これやるなら実況しようか、という流れからゲーム実況に思考が向き、そこから社会的接点(というより社会的接点を前提とする思考?)が復活して徐々にまた動こうという流れに戻っていくのがよくあるパターン
つまり「すべて投げ出す」とは
「向上を捨てて、ただ生きる」というのが「すべて投げ出す」ということなのだろう。
まっとうに生活している人からすれば、べつに向上はそこまで必要ない、やりたいときにやればいいオプションなのかもしれない。
だが、私はそうではなく、無職で親のすねをかじっているだけなので、それ(「向上を捨てて、ただ生きる」)は望ましくないことであり、「投げ出す」という表現があてはまるんだろう。
メモ
私の中で、向上とは重いものになっているようだ。
それを、軽く、小さい、意味づけのあまりない、ものにしたほうがいいと提案された。
あと、向上を捨てるのと、向上を止めるのは違う、とも。
なんとなく、「カイン」を読み直してみてもいいかもなと思った。
尻切れトンボだが、ここで一旦止める。ここまでの内容だけでも、先の自分のためにはなるはずだ。気が向けば、追記するかも知れない。
